Mさんのこと

北国こうめい

2004年08月08日 13:32

小説家のMさんにあったのは、昭和45年頃であった。22歳の私に対し三十路半ばを越えていたMさんだったので、もちろん当初は親しいと言うほどのことは無かった。流浪の小説家はたむろしていた若者たちの行動を傍らで静かに見ていた。
それら若者の一人であった私をMさんに印象づけたのは、なんであったろうか。色白であまり目立ちそうもない若者に興味をもったわけでもない。文芸誌として発行された冊子に書かれた彼の小説を批判したことで無かったかと思う。15歳にして「物書きとして立つ」ことを選んだ彼が切磋琢磨したはずの文章を「あの小説はおしゃべり」だとひと言、私の批評を伝えた。

「私の書いたものが饒舌だというのですか!」とMさんを憤激させてしまった。それに対し、自分の描いていた文体の印象と違っていたからだと弁明した。怒ったMさんと涙ながらに言い訳する私を様子に気がついた友人が「湿っぽいなあ」と取り成しにもならない言葉をつぶやいた。それ以来、彼は作品が出来上がる度に私におくってくれるようになった。その後の作品に対し私は批評をしたことがない。彼を失いそうで出来なくなったのが正直なところかも知れない。私が「中城ふみ子」の名と「乳房喪失」のことを聞いたのは、このMさんが最初であった。
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